令和5年度岩手県水産試験研究成果等報告会の要旨の公開について
岩手県水産技術センター及び岩手県内水面水産技術センターでは、水産試験研究成果の普及と試験研究の一層の充実を図るため、令和6年2月22日(木曜日)に岩手県水産試験研究成果等報告会を開催しました。当日発表した6課題の要旨を公開しましたので、業務の参考に参考にしてください。
海面養殖用サクラマス発眼卵の供給について(内水面水産技術センター)
本県沿岸でのサーモン海面養殖の増加に向け、今後、海面養殖用サクラマスの種苗を供給していくため、発眼卵の試験生産に取り組んだ。親魚は、2年で約1.2kgに成長し、合計797尾の雌親魚から138.2万粒の受精卵を得ることができた。受精卵から正常に発育した発眼卵は、合計114.8万粒得ることができた。
サケ親魚の由来が稚魚の高水温耐性に与える影響について(水産技術センター漁業資源部)
サケ稚魚の高水温耐性は26.5℃の水中に投入し、転覆するまでの時間を測定することで評価可能である。県内各河川・そ上時期由来の稚魚及び凍結精子を用いて受精させた稚魚を調べたところ、安家川早期回帰群由来の稚魚は高い高水温耐性を有しており、また、精子の由来が高水温耐性に影響することが分かった。
サケ不漁下における漁協自営定置の経営効率性と収益性(水産技術センター企画指導部)
本研究では漁協経営の改善に資する基礎的な知見を提供することを目的に、岩手県内の漁協自営定置の経営効率性を明らかにした。分析の結果、漁協自営定置の経営効率性は漁協間で異なっていることが明らかになり、特に釜石管内の殆どが非効率的と推計された。
ウニの安定出荷に向けた短期間無給餌蓄養試験(水産技術センター増養殖部)
生産工程の見直しによるウニの安定出荷に向けて、短期間無給餌蓄養した際の品質の変化などを把握する試験を6月と8月に実施した。その結果、約1週間であれば無給餌蓄養でも品質を維持できることが示された。
底生生物を活用した貝毒プランクトンのシスト発芽抑制試験(途中経過)(水産技術センター漁場保全部)
大船渡湾の底生生物が原因プランクトンのシスト量と発芽に及ぼす影響を調べたところ、Tsujino et al. 2004と同様にシズクガイはシスト量を減らし、一部の底生生物は発芽率を低下させる可能性が示された。
塩蔵海藻に増殖する微生物に関する研究(水産技術センター利用加工部)
湯通し塩蔵ワカメ・コンブの製造中や冷蔵保管中に増殖して外観を損ねる薄茶色の異物は、純粋分離株の26S rRNAの遺伝子解析によりカビ類のWallemia ichthyophagaであると推定され、酸素のない嫌気条件下では増殖しないことを確認した。増殖防止には脱酸素剤の使用や真空包装が有効であると考えられた。
令和5年度岩手県水産試験研究成果等報告会要旨
海面養殖用サクラマス発眼卵の供給について
〇貴志 太樹・内記 公明(内水面水産技術センター)
【目的】
近年、秋サケ等主要魚種の不漁が続く中、本県沿岸ではサーモン海面養殖が増加しており、ギンザケ、トラウト、サクラマスが養殖されている。これらの魚種のうち、ギンザケ及びトラウトは、全国各地で養殖されており、特にギンザケは宮城県、トラウトは青森県で生産量が大きく、主要産地となっている。一方、サクラマスの海面養殖の事例はまだ少なく、本県で養殖されているほか、北海道、新潟県、静岡県、宮崎県の一部の海域などで養殖されているのみである。
サクラマスは、出荷時期(5月~7月)に卵(筋子)を持つこと、また、海面養殖の対象となっているサケマス類の中で唯一の在来種であることが特徴で、競合他産地との差別化を図るうえで期待される魚種である。しかし、海水適応能が高い海面養殖向けの種苗はほとんど供給されておらず、各養殖業者がそれぞれ独自に確保しているのが現状である。
そこで、本県沿岸でのサーモン海面養殖の増加に向け、今後、海面養殖用サクラマスの種苗を供給していくため、発眼卵の試験生産に取り組んだ。
【方法】
静岡県において海面養殖の実績がある系統の1歳魚(令和3年級)を用いて、令和5年1月から親魚養成を行い、成長量、餌料効率、生殖腺指数を測定した。また、全雌種苗を作出するため、新潟県において海面養殖の実績がある系統を用いて令和3年に作出された1歳魚の性転換雄を親魚養成した。
採卵は令和5年8月下旬に開始し、採卵日ごとに採卵数、一尾あたり孕卵数を測定し、十分な数量の受精卵を得られた9月上旬に終了した。9月8日の採卵においては、性転換雄の精子を用いて全雌の作出を行った。得られた受精卵は、イソジンによる吸水前消毒を実施したうえでボックス型ふ化槽に収容し、9.3℃の飼育水で管理した。積算温度280℃・日で検卵機及び目視による一次検卵を実施し、発眼率を測定した。
【成果の概要】
親魚は、餌食いが鈍くなる7月末まで給餌し、平均体重1,209gに達した(図1)。親魚養成開始から給餌終了までの期間(1~7月)における成長量は826.2g/尾(成長倍率3.16倍)、餌料効率は67.2%であった。雄の生殖腺指数は、7月にピーク(7.9)となり、その後減少した。雌の生殖腺指数は、5月から8月まで増加し続け、21.9に達した(図2)。
採卵を開始した8月下旬には、約半数の雌親魚で排卵が進み採卵できる状態となっていた。9月上旬までに計4回採卵を実施し、797尾の雌親魚から合計138.2万粒(うち全雌卵31.1万粒)の受精卵を得た。雌親魚の平均体重は1,214g、孕卵数は1,946粒/尾であった。発眼率は、平均81.3%(74.9~87.6%)で、通常発眼卵91.6万粒、全雌発眼卵23.2万粒を得た(表1)。得られた発眼卵の一部を県内で海面養殖用サクラマスの中間育成を行っている内水面養殖業者に試験供給した。
採卵日 | 採卵尾数 | 採卵数 | 発眼卵数 | 発眼率 | 備考 |
(尾) | (万粒) | (万粒) | |||
8月29日 | 258 | 43.3 | 40.5 | 87.60% | |
8月30日 | 287 | 51.6 | 39.8 | 78.50% | |
8月31日 | 81 | 12.2 | 11.3 | 77.90% | |
9月8日 | 171 | 31.1 | 23.2 | 74.90% | 全雌卵 |
合計 | 797 | 138.2 | 114.8 | 平均 81.3% |
【今後の問題点】
雌のサクラマスは筋子も生産できるため、全雌養殖による高付加価値化が期待されることから、今後、全雌種苗の需要が増加すると考えられる。全雌種苗の生産には性転換雄が不可欠であるが、本研究に用いた性転換雄のうち精子の採取が可能だった個体の割合は約6%(約50尾中3尾)と低く、性転換雄の確保が課題である。今後、全雌種苗の生産に必要な精子採取可能な性転換雄を確実に確保するため、より多くの個体を性転換雄作出に用いながら、より効率的な性転換雄作出条件を検討していく必要がある。
サケ親魚の由来が稚魚の高水温耐性に与える影響について
〇岡部 聖・清水 勇一(水産技術センター漁業資源部)
長坂 剛志(宮古水産振興センター)
成島 すみれ・日下部 誠(静岡大学)
【目的】
近年、本県のサケ回帰尾数は低迷しているが、その要因として、春季の沿岸域の高水温化による放流後の稚魚の死亡率増加が考えられる。これまで、そ上時期又は河川の異なる親魚由来の稚魚集団では、高水温耐性が異なることが分かっており、早期にそ上する親魚群や南方の河川にそ上する親魚群由来の稚魚は高い高水温耐性を有すると推測される。高水温に強いサケ種苗を作成できれば、回帰率の向上が見込まれることから、高水温耐性を有する系群の探索及び雄親魚から稚魚への高水温耐性形質の遺伝の確認を行う必要がある。本試験では、異なるそ上河川及び時期の親魚由来の稚魚間で高水温耐性を比較し、親魚の由来が高水温耐性に与える影響を調べた。また、精子を凍結保存して、そ上時期が異なる親魚間での交雑を行い、雄親魚の由来が稚魚の高水温耐性に与える影響を検証した。
【方法】
令和3年9月、10月及び11月下旬に安家川にそ上した親魚由来の発眼卵、並びに同年11月下旬に砂鉄川及び片岸川にそ上した親魚由来の受精・発眼卵を大規模実証試験施設に移入し、45L水槽内で飼育管理を行った。1g台に成長した各稚魚について、26.5℃の水中に投入し、転覆するまでの時間(転覆時間)を計測した。転覆後の各個体から筋肉をサンプリングし、静岡大学にて、リアルタイムPCR法により、ヒートショックプロテイン(HSP)遺伝子の発現量を比較した。また、令和4年11月下旬に砂鉄川及び片岸川にそ上した雄親魚より精子を採取し、Fujimoto(2022)の手法で凍結保存した。続いて、翌年1月上旬に甲子川にそ上した雌親魚由来の卵に、上述の精子を媒性したものを試験区(砂鉄区、片岸区)、同日に採取した雄親魚由来の精子を即日媒精したものを対照区とした。1g台に成長した各試験区の稚魚について、転覆時間を計測した。
【成果の概要】
異なるそ上河川間の比較では、転覆時間に差は見られなかったが、そ上時期間の比較では、安家川9月下旬そ上親魚由来の稚魚について、転覆時間及び3種のHSP遺伝子(hsp30、hsp47、hsp70)発現量に有意な増加が見られた。また、交雑試験において、転覆時間を比較すると、片岸区で対照区よりも長い個体が見られた。以上の結果から、サケ稚魚の高水温耐性は親魚のそ上時期により異なり、雄親魚の由来が影響することが分かった。
【今後の問題点】
現状の方法では、ふ化場生産規模の凍結保存精子を作製することが困難である。また、凍結保存精子の使用により卵の受精率の低下が見られた事例もあり、実用化に向けて、凍結保存の方法を改良していく必要がある。今後、近年の海洋環境に適応可能な高水温耐性を有するサケ種苗の作出について、更なる研究を進めていく必要がある。
サケ不漁下における漁協自営定置の経営効率性と収益性
及川 光(水産技術センター企画指導部)
【目的】
岩手県の沿海漁協は収益の大部分を漁協自営定置の水揚金額に依存しているが、近年のサケ不漁や資材費の高騰等によって収益性の悪化が進んでおり、経営改善策の立案が喫緊の課題となっている。この経営改善策の一案として、効率の悪い経営体を効率の良い経営体へ引き上げるという考え方があるが、既存研究では漁協自営定置の経営効率性は明らかになっていない。
以上の背景から、本研究では岩手県内の漁協自営定置の経営効率性を明らかにした上で、その経営効率性に関連する収益性指標を提示し、漁協経営の改善に資する基礎的な知見を提供することを目的に設定した。
【方法】
経営効率性の推計にあたっては、岩手県内の13漁協を対象としてDEA(Data Envelopment Analysis: 包絡分析法)を実施した。DEAは水産分野での応用事例も見られる一般的な手法である。データは「海面漁業権行使状況調査」から取得し、減価償却費、漁協自営定置の乗組員数、事業直接費といった3つの投入要素によって漁協自営定置の収益(共済・積立ぷらすを除く)が得られるモデルを仮定した。
収益性については前述の13漁協から経営が効率的な1漁協と非効率的な1漁協を抽出し、両漁協の損益分岐点を比較した。損益分岐点とは売上高と費用が等しく損益がゼロになる点のことを指し、これが低ければ低いほど収益性が高いと捉えることができるため、経営分析や企業評価で広く用いられている手法である。
【結果の概要】
DEAの結果、漁協自営定置の経営効率性は漁協間で異なっており、自営統数にかかわらず経営効率性の高低は分散していることが明らかになった。このことは、複数の定置網を自営し経営規模を拡大することが、経営効率性という観点では必ずしも適切ではないことを示唆しており、県内では小規模ながら効率的な経営を実現している漁協も存在していた。また、地区別にみると釜石管内の漁協の殆どが非効率的と推計されたため、乗組員数や事業直接費(特に労務費)といった投入要素を減らすことによって効率性を高める必要があると考えられた。
次に、効率的な漁協と非効率的な漁協の損益分岐点推移(R2~R4年)を比較すると、非効率的な漁協の損益分岐点は最大で6千万円ほど高くなっており、収益性は低いものと考えられた。併せて、両漁協の経費推移を比較すると、非効率的な漁協の労務費はいずれの年も効率的な漁協を上回っており、このことが収益性を低下させる要因の一つとして推察された。
【今後の課題点】
本研究の結果から、労務費を引き下げることによって経営効率性の向上と損益分岐点の引き下げを図ることが考えられるが、その実現にあたっては各漁協が長年にわたって運用してきた給与規程を改訂する必要があり、乗組員との合意形成などいくつかの課題がある。この課題解決を円滑に進めるために、来年度以降はより精緻な経営効率性および収益性分析を実施することによって、経営改善に寄与する先進的なモデルケースを作成・提示する必要がある。
統数 | 地区 | 経営効率性_推計結果 | |||
2020年 | 2021年 | 2022年 | |||
A | 1 | 久慈 | 0.68 | 0.88 | 1 |
B | 1 | 久慈 | 1 | 1 | 1 |
C | 2 | 宮古 | 1 | 1 | 1 |
D | 2 | 宮古 | 0.53 | 0.67 | 1 |
E | 3 | 宮古 | 0.67 | 0.58 | 0.57 |
F | 3 | 宮古 | 0.51 | 0.51 | 1 |
G | 3 | 釜石 | 0.42 | 0.42 | 0.44 |
H | 4 | 釜石 | 0.47 | 0.48 | 0.45 |
I | 2 | 釜石 | 0.73 | 0.81 | 0.77 |
J | 2 | 釜石 | 1 | 0.55 | 0.61 |
K | 3 | 大船渡 | 1 | 1 | 1 |
L | 2 | 大船渡 | 0.75 | 0.67 | 1 |
M | 3 | 大船渡 | 0.59 | 1 | 0.7 |
注1:推計結果は1.00に近いほど効率的、0.00に近いほど非効率的であることを示す。
注2:推計にあたっては『DEA-Solver-LV(V8)』を使用した。
ウニの安定出荷に向けた短期間無給餌蓄養試験
〇及川 仁(水産技術センター増養殖部)
小野寺 宗仲(水産技術センター利用加工部)
【目的】
本県のキタムラサキウニ(以下、ウニ)の生産工程は、「漁獲日にむき身加工して出荷する」という工程が一般的であり、出荷日は時化や天候に大きく左右される。加えて、漁獲後のむき身加工にかかる時間や労力が制約となり、出荷量が制限される。この状況の改善には、「漁獲日に可能な限り漁獲して蓄養し、出荷日に合わせてむき身加工して出荷する」などの工程の見直しが必要である。一方、工程の見直しにはウニを漁港泊地などで一時的に蓄養する必要があり、その間の品質変化や最大収容密度の把握が求められる。
本研究では、ウニの安定出荷に向けた生産工程の見直しに向けて、短期間無給餌蓄養した場合におけるウニの品質変化や蓄養カゴへの最大収容密度について調べた。
【方法】
令和5年6月および8月に、各月約2週間、対照区(生鮮海藻を約10%給餌)、無給餌区を設けて無給餌蓄養試験を実施した。また、6月に2週間、最大密度区(約120個/m2)、2/3密度区(約90個/m2)、1/2密度区(約60個/m2)、1/4密度区(約30個/m2)の4試験区を設けて収容密度検討試験も併せて実施した。無給餌蓄養試験ではウニをトリカルネット製かご(820×1,000×800mm)内に60個体ずつ収容して飼育した。サンプリングは開始時、4、7、14日後を目安に実施した。各区16個体ずつ殻径・体重・生殖巣重量・身色を測定するとともに、生殖巣指数を算出した。生殖巣の一般成分分析も併せて実施した。各区から目視により高品質と思われる4個体を選び、生殖巣から80%メタノール抽出液を調製して遊離アミノ酸等の分析に供した。主要な遊離アミノ酸を甘味、苦味、旨味の3種類に分類し、味ごとに合計値を算出した。収容密度検討試験ではウニを丸カゴ(上面390mm、底面450mm、高さ300mm)に上記試験区ごとの密度で収容して飼育した。なお、両試験ともに1t角型水槽を用い、自然水温の濾過海水をかけ流して飼育した。
【成果の概要】
無給餌蓄養試験では、生殖巣指数は6月には両区に差は確認されなかったが、8月には18日後に無給餌区で有意に低くなった。身色の指標となるL*a*b*値は、各月で差は確認されず常に明るく好ましい身色であった。甘味を呈する主要な遊離アミノ酸は4種検出され、総量は各月で差は確認されず常に高値であった。苦味を呈する主要な遊離アミノ酸は10種検出され、総量は6月の4、7日後に無給餌区で有意に高くなった。旨味を呈する遊離アミノ酸のグルタミン酸が検出されたが、8月の18日後に無給餌区で有意に低くなった。
以上、若干の変動はあるが、無給餌蓄養でも約1週間であれば時期に関わらず、品質を維持できると推察された。
また、収容密度検討試験から、1週間の蓄養の場合約90個/m2(面積の2/3)以下、2週間の蓄養の場合約60個/m2(面積の1/2)以下が蓄養の目安と推察された。
【今後の問題点】
生産工程の見直しに向け、関係機関と調整していく必要がある。
漁獲から蓄養までにおけるウニの取扱い方法をマニュアル化し、へい死の出にくい蓄養方法を普及していく必要がある。
底生生物を活用した貝毒プランクトンのシスト発芽抑制試験(途中経過)
加賀 新之助(水産技術センター漁場保全部)
【目的】
麻痺性貝毒の発生を減らすためには、原因プランクトンのシストを減らすことが有効と考えられる。近年の研究では、底生生物がシストを摂食して消化することで発芽を抑制する効果が確認されており(Tsujino et al., 2004)、本研究では、大船渡湾から採取した底生生物の種ごとの発芽抑制能力について調べた。
【方法】
1 シスト摂食試験
2 摂食後のシスト発芽試験
【成果の概要】
ハナシガイおよびタケフシゴカイ科飼育区の泥中のシストは減少しなかったが、シズクガイ飼育区では有意に減少した(図1)。この結果から、シズクガイは摂食したシストを消化していたと考えられた。
各飼育区泥中のシストは、対照区と比較して発芽率が低くなる傾向が認められ(図2)、底生生物の影響を受けて発芽が抑制されている可能性が示された。
【今後の問題点】
大船渡湾のように海底堆積物の深い層までシストが沈積した海域における浚渫 (Mine et al., 2016)等は、シストの長期間生存能力(約100年)(Miyazono et al., 2012) を考慮すると、効果を持続させることは困難である。もし、底生生物の多くがシストを消化する能力があれば、効果を持続させることができる。今後、底質改善材等を活用して底生生物を増やすことによりシストの除去効果を高めることができるのか確認する必要がある。
塩蔵海藻に増殖する微生物に関する研究
〇小野寺 宗仲(水産技術センター利用加工部)
寺原 猛・小林 武志(東京海洋大学)
【はじめに】
三陸特産の湯通し塩蔵ワカメ・コンブの製造中および冷蔵保管中に増殖して品質や外観を損ねて返品・返金の対象となる視認できる薄茶色のカビ様微生物の知見に乏しいことから、塩蔵海藻の安定出荷・流通を実現させるため、公益財団法人さんりく基金「令和4年度調査研究事業」を活用して本微生物種の推定や性状等に関する研究を実施した。
【方法】
薄茶色の異物が付着した塩蔵海藻(クレーム品)の水分、塩分、水分活性、pHを測定し、20%の塩分等を添加した市販のPCA(標準寒天)培地およびPDA(ポテトデキストロース寒天)培地で生菌数を調べた。さらに、培地上のコロニーから純粋分離株を調製し、16S、26Sまたは28SのrRNAの遺伝子解析を行って微生物種を推定した。薄茶色のコロニーを形成する微生物の純粋分離株を4℃または27℃で28日間の培養を行い、脱酸素剤の有無による増殖状況を確認した。さらに、薄茶色の微生物が付着した塩蔵コンブの粉砕物を種菌(約15g)とし、塩蔵海藻(約130g)と一緒に含気包装を行い、脱酸素剤の有無による5ヶ月間の低温保管中(5~10℃)の薄茶色の微生物の発生状況を確認した。併せて、好気条件下で長期冷蔵保管された塩蔵ワカメに増殖した微生物種の推定を行った。
【結果の概要】
薄茶色の異物が付着した塩蔵海藻のPCA培地による生菌数は1.5×107~1.8×108となり、肉眼では視認できないMarinococcus属やChromohalobacter属の微生物が確認された(表1)。一方、カビや酵母等を測定するPDA培地による生菌数は3.2×104~7.7×105となった。平板培地や斜面培地から調製した薄茶色のコロニーを形成する純粋分離株のrRNAの遺伝子解析を行った結果、塩蔵海藻では報告例がないと推定されるWallemia ichthyophaga(以下、ワレミアと記載)がクレーム品の全試料で確認された。本カビは、塩田、塩蔵魚、塩蔵肉、干しコンブ等に存在しており、和菓子やジャム等に増殖して異物クレームとなるワレミア・セビ(別名:あずき色カビ)とは異なっていた。ワレミアの純粋分離株を4℃および27℃で培養した結果、好気条件下ではワレミアが増殖(27℃で顕著、4℃で軽微)したが、嫌気条件下では全く増殖しなかった(表2)。種菌を入れた塩蔵海藻の冷蔵保管試験では、好気条件下(脱酸素剤無)で保管した塩蔵ワカメでは1.5~5ヶ月間で数袋からワレミア様の異物が確認され、その内の1検体を分析した結果、ワレミアであることを確認した(表3)。一方、嫌気条件下(脱酸素剤有)で保管された全試料ではワレミアの増殖を確認できなかった。ワレミアの増殖が確認された4試料の水分活性は0.75~0.79と市販の塩蔵海藻と同レベルであり(図1、表4)、水分活性が0.75の高塩分の状況下でもワレミアは増殖できるため、賞味期限が1ヶ月以上の製品では真空包装や脱酸素剤の使用による嫌気条件下の冷蔵保管が最適であると考えられる。一方、好気条件下(脱酸素剤無)の常温流通ではワレミアの増殖リスクは高いと推察される。
【今後の問題点】
今後、塩蔵海藻におけるワレミア増殖防止対策マニュアルを作成し、漁協や水産加工業者等に普及指導を行っていく予定である。
表1 ワレミア付着した塩蔵ワカメ・コンブ(異物クレーム品)の微生物検査結果
表2 ワレミア(純粋分離株)の性状確認試験結果
表3 冷蔵保管中の薄茶色のカビ様異物の発生状況
表4 ワレミアの増殖が確認された市販塩蔵海藻の水分・塩分・水分活性
お問い合わせ
内水面水産技術センター: 0195-78-2047
漁業資源部: 0193-26-7915
企画指導部: 0193-26-7914
増養殖部 : 0193-26-7917
漁場保全部: 0193-26-7919
利用加工部: 0193-26-7916
代表メールアドレス: CE0012@pref.iwate.jp